通貨はジンバブエ・ドル(ZWD)。
アメリカの評論誌Foreign Policyによれば、2007年調査時点で世界で最も価値の低い通貨トップ5の一つ。
世界で最もインフレが激しく、2008年5月に1億と2億5000万の額面のジンバブエ・ドル札が発行された後も、50億、250億、500億ドル札の発行と続き、7月には1000億ドル札の発行が行われた。
その為、コンピュータの処理にトラブルが発生していることから、中央銀行はデノミネーションを実施し、大幅な通貨単位の引き下げを実施することを決定した。
1000億ドルが10ドルとなり、それに対応した新紙幣が発行された。
しかし、さらにインフレが続いたため、12月末には100億ドル新紙幣を、2009年1月には再び200億ドル紙幣と500億ドル紙幣の発行を行った。
この時点でジンバブエ・ドルの価値は、250億(25000000000)ジンバブエ・(←半角)ドル=1米ドルとなった。年間インフレ率は約2億3000万%に達している。
かつては農業、鉱業、工業のバランスの取れた経済であった。
特に、白人大規模農家による非常に効率的な農業が行われていた。
外貨収入の半数を農産物の輸出で得ている農業国で、かつてはヨーロッパから「アフリカの穀物庫」と呼ばれていたほどであった。
しかし、これを支えていたのは、低賃金で過酷な労働使役についていた黒人達である。
その恩恵を本来の国民である彼等が受けることはなく、いくら対外的に経済のバランスが取れていようと、彼らは全く無縁にただ貧困に喘ぎ続ける状況だった。
国土の90%以上を所有していた白人農場主には、欧米の本国に住みながらの不在地主も多かった。
しかし白人農家に対する強制土地収用政策の開始後、ノウハウを持つ白人農家の消滅、大規模商業農業システムの崩壊により、農作物の収量は激減。
基幹産業の農業の崩壊によって生じた外貨不足は、さらに部品を輸入で調達していた工業にも打撃を与え、経済は極度に悪化した。経済成長率は-12.1%(2002年)を記録し、経済システムは崩壊した。
ちなみに、農場主と地元民との交渉による自主的な返還も多く、すべての土地が強制的に収容されたわけではない。
さらに旱魃により食糧不足が深刻化し、飢饉となっている。
加えて欧米各国による経済制裁が影響し、2003年末には600%のインフレが発生。
2006年4月には1,000%以上に達した。
2008年7月16日ジンバブエの中央銀行総裁は年間インフレ率が220万%に達したという発表をしている。
しかし、実態のインフレ率は更に高いと推測され、例えば1日に3回食料価格が値上がりしている。
既に国民は通貨の額面ではなく、重量で取引をする有様だという。
同年に発行された500億ジンバブエ・ドルは闇レートですら200円程度の価値しかなかったという。
これは事実上ジンバブエ共和国の経済が崩壊している事を意味している。
いずれにせよ第二次世界大戦後としては、ワーストのインフレ率を更新して行くのは確実である。
最近は、中華人民共和国との経済関係を強化しているが、2007年8月23日ジンバブエ政府が国内の外資系企業に対して株式の過半数を「ジンバブエの黒人」に譲渡するよう義務付ける法案を国会に提出、9月26日に通過した。これにより経済の崩壊が決定的になると見られる。